2010年12月29日水曜日

【体験談】 肥満 高血脂症 コレステロール高い例

『通慧』1990年7月号より
M.Kさん

通慧化美功『健美化脂功教室』に入門して
 十年位前から年に一度の人間ドックで検査を受けると、必ず医師から注意されることはコレステロール価の高いこと、高脂血症であるから食事に注意して、体重をもっとへらすこと等でした。肉類がそれほど好きではありませんし、食事にはかなり気をつけていたつもりでしたが、結果はいつも同じでした。これは体の中に見えない所で長い間の習慣が知らず知らずのうちに血液の流れを悪くしたり、老化と共に体の中の機能を悪くしているのに違いないと素人なりの判断をしておりました。そしてこれは化学的な薬を用いるよりも、日常の生活の中で根本的に治す何かがある筈と考えておりました。
 そんなとき鈴木さんから気功を専門的に研究しておられる中国のお医者様のお話を伺い私のめざすものはこれだと直感しました。今年一月から「やせる為の気功一健美化脂」の講習会が始まっていると伺い、途中でしたが早速入門させていただきました。家から一時間余りの道のりですが、少しも遠いと云う気がいたしません。それよりも伺う度に少しずつ自分の中に変化が起こっているのに気づきました。それは今まで些細なことも気になって、落ちこんだり、くよくよしたりという悪いくせが何時の間にか消えて、大らかな気分で毎日が送れるようになったことです。
 昔からの諺に「病は気から」と云うのがあります。今までそれはそれぞれの人の気持ちの持ちよう位に解釈しておりました。其れは若しかすると人間を形成している奥深偉「気」の力ではないかと思うようになりました。体重はそれ程の変化は未だ有りませんが、お腹の脂肪がとれて、昔のスカートが楽にはけるようになりました。又きっちりと指にめりこんでいた筈の指輪がぐるぐるとまわっているのに気がつきました。食欲も少し減って、前のようにお腹がすいて困るといったことがなくなりました。もっと驚きましたのは毎年四月頃になると必ず起きる腰痛が今年は起きませんし、昨秋から階段の上り下りに苦労した膝の痛みが忘れたように消えました。こんな風に気功の効果が徐々に体の中の細胞を変え、心身共に健康になって行くのを身をもって感じています。于先生の御丁寧な指導を心から感謝いたしております。

2010年12月28日火曜日

【体験談】 癌の例

『通慧』1990年4月創刊号より
K.Oさん(42才 女性)

通慧功との出会い
 私が通慧功を知ったのは’89年5月でした。それは、全くの偶然というか運命的な出会いで、今考えてみても何か大きな力が働いていたように思います。
 気功に関しては、’87年9月に受けた乳癌除去手術がきっかけで、近くの気功教室に通った他、’88年8月、夫と2人で北京に行き気功師の李先生から「峻峰内功」を1ケ月間学び、時々怠けながらも練功を続けていました。私の癌は進行度Ⅲ度(再発率60%前後)でリンパ節への転移もあり化学療法を受けざるを得ない状態でしたが、抗癌剤の服用は、私自身の持っている免疫力や生命力を損なってしまうのではないかという意識が離れず、医師の反対を押し切って投薬を中止しました。その頃中国へ短期留学した人から、病院の気功科に入院している末期癌の人たちが笑顔で治療を続けている様子を聞きました。日本では考えられないことです。私もいづれ再発することがあっても、気功治療を受ければ精神も安定し笑顔で生活することが可能かもしれないと、気功に対する期待がふくらみました。李先生は気功をするにあたり次の3点が大切だと教えてくださいました。①信じること、②続けること、③他人、特に家族のことを考えること、そして、又、外気治療を受けるだけなく、自分自身が気功を練習し内気を蓄えていくことが病気を治すことにつながる、即ち、受け身の姿勢ではなく積極的に自分が病気を治してゆこうという気持ちが大切だと教えられました。
  ’89年4月、友人から癌が再発したHさんに気功を教えてほしいと連絡が入りました。気功を覚えて調子を整え、中国に行って外気治療を受けたいという希望でした。けれどHさんは緊急手術が必要となり、一緒に気功をする機会を得ないまま容体が悪化してしまったのです。早急に気功師を紹介してもらえないだろうかと相談を受けた私は、北京に連絡を取りました。そこで紹介されたのが温[オン]先生という方でした。国際気功協会に電話したところ、そちらにいらっしやるとのこと、(于先生の中国呼びは于[ウン]先生)双方とも聞違いに気づかないまま于先生と出会うことになりました。
 そして、丁度国際気功協会で「難病にかかっている方のための気功講習と体験」という講習会があって、私はそれに参加しました。そこで初めて通慧功と出会ったのです。今思うと、私の様子を心配した先生が特に気を送って下さったのだと思いますが、肺や心臓がすぐにあたたかくなり、冷たかった身体が静かにあたたかくなっていくのに驚きました。教室内全体が軟らかい優しい気で満ちていて、身体がフワリと包みこまれるようでした。もっと驚いたのは身体全体にあたたかさが広がっていくにつれ、混乱していた気持ちが落ち着いていったことです。何か大きな力、意志のようなものを感じました。この体験がなかったら、苦しくても事実をきちんと受け止めようと考えることは出来なかったかもしれません。Hさんは私と于先生を結びつけるために友人を通して私の前に現れたのだと思いました。Hさんの「気功を学びたい、元気になりたい」という気持ちはそのまま私の願いでもありました。Hさんの死をしっかりと受けとめ、誠実に練功を重ねることでしかHさんの気持ちに答えることは出来ないと思っています。
  ’89年11月の指導員養成コースを経て、現在通慧功の入門教室を座間で開いていますが、その中から4人が築基(通慧功の専門コース)に進み于先生の存在の大きさを実感しております。通慧功では中医理論に基づいた明確な内容の気功なので、動作も意識の導き方も、とても自然で無理がありません。私なりに今までいくつか経験した気功に比べると、気感を得るのが非常に早く、しかもハッキリしています。また、身体が大変快ち良く、先生がおっしゃるように“愉快に”なります。于先生の声を聞いているだけで、気持ちが良く幸せになるという人が私のまわりにたくさんいますが、それは先生の人柄によるだけなく、先生の気がとても良質で、気の品格が非常に高いからだと思います。
 私自身、現在は大変元気で、久しぶりに会う人たちに必ず「顔色がすごく良くなったし、顔つきが全然変わった」と言われますが、そういえば以前は1シーズンに1~2回は必ずダウンしていたのに通慧功始めてからは一度も病気になったことはありません。これも于先生という素晴らしい指導者に思まれたからこそと思います。癌は死に至る病として一般的には不幸なこととされていますが、癌にかからなければ、こんなにも深く気功を学ぶことにはならなかっただろうし、于先生と出会うこともなかったでしよう。沢山の人と出会って新しい世界を広げることも出来なかっただろうし、今の私もなかったと思うと、この病気にかかったことは決して不幸なことではなく、私にとって大きな意味のあることだと思います。本当に沢山の人達に支えられていることを痛感しています。1人でも多くの人が通慧功と出会って、明るく健康な生活を遂げることが出来るようお手伝いすることが、先生や私を支えて下さった人達に思返しをすることにつながるものと思います。感謝。

2010年12月25日土曜日

【体験談】 透視力の開発例

『通慧』1990年7月号より
H.Nさん

発気の視覚像
 始めての気功施術の時から気の感じはありました。
 私がうつ伏せに寝ている足元の方に先生がおられたと思います。私の腰の上にゴルフボール位の風の球のような物がクルクル回っている感じから、波紋のような影がリング状に、頭のほうへ拡がってゆきました。
 気功施術を何回か重ねると、その度に感じる波の状態は変わります。
 一度は頭のほうからオーロラ状の緑や赤い色の重なりに自分が包まれ、とても暖かい感じがしました。
 この事を何度目かの気功施術の後、于先生にお話したところ“気”を見せて下さいました。先生は半眼で半句座され「見えますか?」と聞かれました。私も向かって座っています。始めど一ん!と熱気のようなものがぶつかってきたようでした。
 そのうち先生の左肩あたりから、白っぽい金色をしたネオンのようなものが、先生の体から少し浮いたところに帯状の光になって、体の輪郭にそっで伸びていったのです。
 その帯の両側には細い輝きが無数に見えます。たとえれば植物の茎にあるうぶ毛に光を当てた感じに近いようです。しかし私はこの時、眼鏡をかけていなかったので本来ならそんなに微細な光まで見えるはずがありません。先生と私の間は1.5メートル程でしょうか、その位の距離ではテレビの字幕も良く読めないぐらいの視力です。
 金色の光りは全身をめぐるように人の形になりました。光は頭の方ほど強く感じます。次に私の目の端に何か見えるので視線を左右に動かすと、まるで残像のように人形をした金色の光が見えます。これは残像なのか、そこに生じた光りなのかわかりませんが、全部で三体見えました。その時には光の中にいる先生の姿は、ぼんやりとしか見えなかったように思います。その過程をずっと見ていられたのは、その光が全くまぶしくなく、むしろやわらかな感じでした。普通の光のように目が疲れたり、痛んだりしないのです。
 そのうち先生の頭の上に、頭の幅で透射光のような真っ白な光の筋が4本くらいの束で立ち登りました。ゆれないローソクの炎ような形で、スーツと天井のあたりまで届きました。
 この光は上に向かってシュツ・シュツと放射されているようです。視覚としてはまったくゆれたりしないのですが、他の金色の光とは違って上昇する運動が感じられるからです。私はこの光が最も印象的でした。
 最後に突然ぱっと全ての光が消え、ずっと続いていた熱感もなくなりました。この時先生の発気が終わったのだと思います。時間にして三分ぐらいだったようですが、もっと長かったのか、短かったのか、両方の感じが残っています。以上は'89年の初秋の頃でした。

 *于先生の体から出た光は、普通の人から医学博士までの大勢の人に見られました。筆者のH.Nさんもその中の一人です。

2010年12月23日木曜日

【体験談】 癌、血尿の例

『通慧』1990年4月より
T.Yさん(女 69才)

幸福な日々を送っています
 于先生の気功についての講演を伺い、気を発するお姿に接してから8ケ月になります。
この間に全くの門外漢であった私が、危うかった生命を救っていただき様々な貴重な体験をさせていただきました。
 昨年1989年5月、朝日新聞の紙面で気功の紹介の為の催しを知り参加を申し込んだのが、気功との幸福な出会いでした。
 于先生のお話をきいて妹夫婦の弱り果てている体を元気にしでいただけるかも知れないと思いました。説得するには自分が体験しなくては難攻不落の妹には通じないので、早速入門講座の受講と気功施術の予約をお願いしました。
私は約10年前に左乳房を癌のために切除。その後、左腎に移転。続いて腰椎に。更に右腎に。つぎに左側の肋骨にも移転。
 左腎臓の癌が見つかった時点でラジオアイソトープによる全身の癌の移転を検査した結果、腰椎の転移が判明しました。左腎を切除しても術後の放射線や抗癌剤の使用を患者として拒むことは許されないので、そのために、骨がダメージを受けてベッドにペッタリと張りつけになることは目に見えている私の体を心配して、妹夫婦は色々と勉強して、丸山ワクチン1本に望みを託して、自宅療養が可能な間は出来るだけ自由に楽しく生活する道を開いてくれました。ある日トイレに入ったところ、全く何の前触れもなしに大変な血尿!!
 便器の中は鮮紅色。そしてその晩から排尿は止まり、転移している所はそれぞれ別々に痛み、苦しくて一晩中眠れず、トイレで散々粘った末漸く排泄されたのは殆ど凝固寸前のような血液が2滴でした。その後になって、苺の生ジュースの様な物凄い尿が出ました。血尿が出てから3日目に国際気功協会に電話で御相談したところ、于先生に遠隔気功で気を送っていただくことが出来ました。
 もう間もなく死ぬのだと思っていたのが、間もなく痛みは随分軽くなって、血尿も信じられないほど出なくなり元気を取り戻して、気功の素晴らしさを体験いたしました。
 相先生のお話によると、私の癌が或る期間を経過して丁度これから大変に悪性のものに変わる寸前に気功に巡り合うことが出来て幸運だったので、もしあのまま推移していれば臨終まで非常な苦しみを体験するところだったとのこと。丁度間に合ったので、これから努力すれば癌が良性化して余り苦しまないで済むからというお言葉でした。
 それから一筋に田町通いが始まりました。
 いくら気を張っていても気功施術が始まるとスーッと眠りの国に引き込まれてしまって、終わりましたと声をかけられてハッと気がつく日が続きました。或る日気功施術最中に突然、両腕が自然に少しつづ開いてゆき丁度鳥が翼をひろげた様になりました。そして体は空中に静かに浮かんでいる感じで心が実に安らかで穏やかで、何時も心が不安で一杯の私にとって、生まれて始めての体験でした。
 そして心の中でこんなに素晴らしい気分を何方にも味合わせて上げたいと思っているのには、我ながら本当にびっくりしてしまった。
 そしてその頃から気功施術終了後の何とも言えない爽やかさと帰宅後も持続している元気に気づき幸福な日々を送れる今日に感謝しております。
 腎臓細胞が壊れて血液中に現れるLDHの値も1986年頃までは、400~490でした。1987年からは500~になりました。1988年は555~ ;1989年7月までは632~ この様に年を追う毎に値は上がって、体の調子も悪く、腰、脇腹などの痛みもひどくなりました。
 気功施術と平行して始めた通慧功も、何やかやと雑事に追われ不勉強でしたが、「誰でも真面目に努力すれば必ず進歩します」という于先生のお話を信じ、朝な夕な練功を積み重ねました。
 気功施術と練功の積み重ねの効果が徐々に現れ初め、LDHの値も9月は548;11月は505;12月は497となだらかな下降線を辿るようになりなりました。
 難行苦行だった通慧功も楽しくなり、私としては何とかして気功によって真の自分に出会うことが許されて、宇宙の中で生かされている己の貴さを知りたいと思います。そして同時にすべての人、物の貴さを弁えて接することの出来る人間になりたいと願っています。

2010年12月16日木曜日

【体験談】 美容・痩身の例

『通慧』1990年7月号より
F.Kさん

通慧化美功「健美化脂功」講座を終えて
 私は、つねづね体重を5キロ減らしたいと考えていました。まわりの人からも、もう少しお腹が引っ込めばいいね、と言われていました。そのために二十四時間断食をしたり、甘味を控えたり、玄米食にしてみたり、一応人並のことはやってみました。でも体重計の針は50キロから左へは、びくとも動きません。止むを得ないので、せめて体重が増えないようにしよう、と半ばあきらめていました。
 気功は昨年の五月からやっていましたが、今年の一月九日より、やせる気功「健美化脂功」の講座が始まったので、それに参加しました。最初の一週間は様子を見るつもりで、変化はありませんでしたが、そのうちに週に500グラムづつ減って、講座の終る三月半ばには4キロ減で、先生からも「もう肥満ではありません、普通体重です」と言っていただき、とてもうれしく思いました。
 体重減って少ししわが増えて、やつれ顔になるかなと思っていましたが、それもあまり変化なく、お腹から肩のあたりがすっきりして来ました。今ではその体重を保っていられる様にと注意はしていますが、気にしていた食事のこともあまり考えず、欲しいものは欲しいだけいただけます。でも気がつくと外食事の一人前のごはんはとても食べ切れないで残ってしまうという様に、自然に食欲は少なくなり、今迄食事を残すことは罪悪だと考えていましたが、これは仕方のないことと考えを変えました。体重のコントロールについては今の所、自信が持てたように思います。
 その後伊豆へ気功旅行に行った時、干先生の気功施術を受けて「首の骨がずれています」と言われて、一週か一週置きに一度先生の気功施術を受けに田町に通っています。
 或る朝自宅で練功をしている時、目の前に先生の座って居られる御姿が見えて来ました。一緒に気功をしていた主人に説明をしましたが主人には解らなかったようでした。不思議な気がして、一日中これは何だったのだろうと自分に問い続けました。それで気功に守られているという感じをもったり自分に自信がついて生活に変化を感じたり、古い友人と又つながりが出来たり、ということもあり、干先生にそのことを話しました。干先生は、「気功が深くなって来ると、体のことだけでなく、愛の心、優しさ、共感等の良い気が体の中に育まれ、徳を積むことの大切さが解って来ます。これは気功を修行する上でもっとも重要なことです」と教えて下さいました。
 気功を続けていますと、毎日溜まって来るエントロピーの増大を防ぎ(創刊号の帯津先生のお言葉です。)心が落ち着き、澄んだ良い気に守られ、今生きている自分が何とも言えない幸福感に満たされて来ます。それが自分だけでなく、まわりの人々にも影響を及ぼすことを、体を通して理解出来ました。感謝の気持でそれを感じることのできる自分自身をしっかり見続けて行きたいと思います。

2010年12月10日金曜日

【体験談】 美容・痩身の例

『通慧』1990年4月創刊号より
N.Oさん

身も心も軽く
 私の場合は子供の頃から太ってはいませんが、水泳などの好きな、体格のよい子供でした。母は太っていましたが体質は父に似ているので大人になっても太らないのではないかと思っていました。ところが昭和48年結婚以来、徐々に体重が増え、昨年4月国際気功協会に伺った時点で最高の体重になりました。
 生来性格も陽気で物事にこだわらないということもあり、又健康にも自信があるなどから真剣に減量に取り組まないで過ごしてきました。
 日常の生活は祖母が存命中は、あまり外出もせずにきちんと時間で食事をし、一緒にお茶を飲んだり、間食もして運動量はあまりありませんでした。その後趣味を始めてからは、熱中すると一日中坐り続けて制作したり、昼夜逆さまの生活となり、食事も不規則になりました。又疲れると休み、体自体無理はしていないので病気にはなりませんでしたが、下半身を中心にウエストやおなかが太くなり、背中、肩にも肉がつき卵形だった顔も丸々となりました。洋服のサイズはもちろん指も靴も大きいサイズにしなければならないぼどでした。階段や坂道を登ると息切れがして外出してもすぐ車を利用したくなったりしていました。年一度の人間ドックでの検診では取り立てて悪いところはなく血圧の下がほんの少し商いぐらいで「体重を減らせば下がるので減量をしてください」との診断も安易に考えていまいした。が、結婚以来「毎日運動しなさい」と言っていた主人も、近所にいる弟達も「現在異常がなくても将来心臓病や成人病になるぞ」と心配するようになってきました。自分でも決してこのままでいいとは思っていませんでしたが長期間かかっても、楽で無理のない穏やかな減量法があればと思っていました。
 そんな時お稽古に来ているお弟子さんから、NHKサイエンスQに出演された于永昌先生を紹介していただき、中国の気功と出会うことになったのです。
 平成元年4月20日に初めて気功施術をしていただきました。出掛ける前に体重を測り、帰宅してから又測ったところ驚いたことに2.5キロも減っているのです。又気功施術中は両手の平を上向きにリラックスしてベッドに寝ていましたが、両手が暖かくなり左膝がひとりでにピクピクと動きだし、下腹部に当てていらした先生の手から強弱のあるリズミカルな波動が感じられてすっかり「気」というものを実感しました。
 後でお話をする機会があり左膝がピクピクしたのは何か故障があるのでは、ということなのでよく考えてみると2年位前にころんで膝を痛め正坐が出来ない位痛んだことを思い出しました。その痛めたところを「気」が通そうとしての反応だということでした。
 以来、食生活も変えることなく、週一回の気功施術を続け、初回気功施術の翌日から適慧功のお教室にも入れていただき、入門コース、築基を結業し、毎日新昼晩と練功を続けて1ケ月目5キロ、2ケ月目8キロ……5ケ月目13キロ、6ケ月目14キロと順調に減っていきました。しかし、仕事を始めてから食生活は変わりませんが通慧功をしなくなった途端に体重が横這いになってしまいました。今考えてみるとこれは気功をしなかったためだとわかりました。約3ケ月間は体重は増えずそのままを保っていました。
 現在は健美化脂気功といって美容と健康のためのやせる気功を教室でしています。教えていただいてから6日間で4キロ減量し、9ケ月目現在19キロの減量です。身がとても軽くなり日常の生活でも、駅の階段でも息切れすることなく膝も痛まず2段上がりもできる位になりました。しばらくぶりに会った友人から「顔が小さくなり肌もつやつやとして健康的になりお腹もずいぶんスッキリしてやせたわね」と言われうれしくなりました。自分でも普段お化粧はしないので洗顔の後鏡を見ると肌のきめが細かくなり19キロもやせたのにシワができていません。長期間かかっても穏やかに無理をしないで減量しようと思った背景にはシワができないこと、体調をこわさないことなどがありました。この条件を気功による減量はすべて満たしてくれています。是非皆様にもお勧めします’! 気功をするようになってからものの考え方、生き方についても積極的になったような気がします。又「肥満は病気である」ということを教えていただいてからは、肥満はいままでの生き方そのものと結びついた結果ではないかと遅蒔きながら反省しています。
 目標の標準体重になるために毎日、気楽に自然体で続けて健康で充実した人生が送れるよう、又この素晴らしい気功に出会えた幸せを感謝しつつ努力してゆきたいと思っています。

【体験談】 痛みに効く例

『通慧』1990年4月創刊号より
M.Kさん

通慧功を始めてから
 暖かい血が流れた 昨年の冬も、その前も、ここ数年は布団の中に遠赤外線カイロを入れないと寒くて眠れない状態が続いていましたが、今年は、その必要性が全くないようです。風呂上がりをうまくタイミングを捕まえて、眠ってしまえば、薄いセンベイ布団でも、腰と言いますか、腎臓の当たりが、ポカポカと暖かく、朝までグッスリと熟睡しています。通慧功を知ったお陰です。

痛みを取る方法があった
 歯槽膿漏が先か、三叉神経が先か、どちらが先かは私には判りませんが、歯槽膿漏を長い間放置したあと、鼻炎となり、続いて慢性の緑内障となりました。緑内障は眼圧が高くなると痛みがきます。私の場合は、痛いには痛いのですが、まだ耐えられる痛さでした。それでも多少の苦痛を伴う不快さがあります。病院に行くと、手術をするとのことでしたので、予測される結果を聞きましたところ、「悪化は止められるが、視力は回復することは出来ない」とのことでした。
 私は病気に対して、「筋肉の毛細血管に新しい血液が、っまり栄養が行き渡れば、生命体には自己回復能力があるので、外傷などの処置のほかは、切ったり、縫ったりするものではない」と言う考え方を持っていますので、当然、手術を避けました。鍼、指圧、整体と色々やり、痛みの苦痛から逃れようとしました。これらは、それなりの効果は徐々に出てきていますが、通慧功の「意到れば気到る、気到れば血至る」「外導内引」の通りで、功法を行うことにより、痛みを取ることが出来ました。然し、まだ完全に治ったのではありませんが、急に出た痛みを取るには良い方法だと認識をしています。

考え方、意欲、自信が変わった
 全く不思議です。考え方が変って、変わった後の考え方で行動をすると、結果は当然変わりますが、ペレストロイカとも言うのでしょうか、通慧功を始めてから、考え方の改革が起きました。かっては慎重に考え、計算し、成功する見通しがあると判断をしてから行動をしたのですが、[意欲]とでも言うのでしょうか、[自信]と言うのでしょうか、詳しい計算をしなくても、また即断しても、結果は一応満足できる場合が続いています。 雷風恒の恒は、現象は変わっても基にあるものは変わらないと言う意味だそうですが、私は私であって、言葉や、態度が変わっても根底にある私は何ら変わってはいませんが、私の昔を知っている人は、随分変わった、それも良いほうにと言うでしょう。「啓関通慧」 「密精築基」「六合化一」で百会に掌心を這わせることにより、「外導内引」の通り脳細胞に栄養の豊富な血液が行きわたって、眠っていた脳細胞が目を覚ましたのでしょう。この意味で通慧功を知る前とは随分変わりました。 これは、もっと若い人、将来性の大きい中高生から大学生には学ぶべき、素晴らしい教養だと思います。于先生が[青少年知力増進研究所]の所長をやっておられる意味が、また、[三要素図解]の中の「人類の素質を高める」の意味が、私にも良く理解できました。