T.Yさん(女 69才)
幸福な日々を送っています
于先生の気功についての講演を伺い、気を発するお姿に接してから8ケ月になります。
この間に全くの門外漢であった私が、危うかった生命を救っていただき様々な貴重な体験をさせていただきました。
昨年1989年5月、朝日新聞の紙面で気功の紹介の為の催しを知り参加を申し込んだのが、気功との幸福な出会いでした。
于先生のお話をきいて妹夫婦の弱り果てている体を元気にしでいただけるかも知れないと思いました。説得するには自分が体験しなくては難攻不落の妹には通じないので、早速入門講座の受講と気功施術の予約をお願いしました。
私は約10年前に左乳房を癌のために切除。その後、左腎に移転。続いて腰椎に。更に右腎に。つぎに左側の肋骨にも移転。
左腎臓の癌が見つかった時点でラジオアイソトープによる全身の癌の移転を検査した結果、腰椎の転移が判明しました。左腎を切除しても術後の放射線や抗癌剤の使用を患者として拒むことは許されないので、そのために、骨がダメージを受けてベッドにペッタリと張りつけになることは目に見えている私の体を心配して、妹夫婦は色々と勉強して、丸山ワクチン1本に望みを託して、自宅療養が可能な間は出来るだけ自由に楽しく生活する道を開いてくれました。ある日トイレに入ったところ、全く何の前触れもなしに大変な血尿!!
便器の中は鮮紅色。そしてその晩から排尿は止まり、転移している所はそれぞれ別々に痛み、苦しくて一晩中眠れず、トイレで散々粘った末漸く排泄されたのは殆ど凝固寸前のような血液が2滴でした。その後になって、苺の生ジュースの様な物凄い尿が出ました。血尿が出てから3日目に国際気功協会に電話で御相談したところ、于先生に遠隔気功で気を送っていただくことが出来ました。
もう間もなく死ぬのだと思っていたのが、間もなく痛みは随分軽くなって、血尿も信じられないほど出なくなり元気を取り戻して、気功の素晴らしさを体験いたしました。
相先生のお話によると、私の癌が或る期間を経過して丁度これから大変に悪性のものに変わる寸前に気功に巡り合うことが出来て幸運だったので、もしあのまま推移していれば臨終まで非常な苦しみを体験するところだったとのこと。丁度間に合ったので、これから努力すれば癌が良性化して余り苦しまないで済むからというお言葉でした。
それから一筋に田町通いが始まりました。
いくら気を張っていても気功施術が始まるとスーッと眠りの国に引き込まれてしまって、終わりましたと声をかけられてハッと気がつく日が続きました。或る日気功施術最中に突然、両腕が自然に少しつづ開いてゆき丁度鳥が翼をひろげた様になりました。そして体は空中に静かに浮かんでいる感じで心が実に安らかで穏やかで、何時も心が不安で一杯の私にとって、生まれて始めての体験でした。
そして心の中でこんなに素晴らしい気分を何方にも味合わせて上げたいと思っているのには、我ながら本当にびっくりしてしまった。
そしてその頃から気功施術終了後の何とも言えない爽やかさと帰宅後も持続している元気に気づき幸福な日々を送れる今日に感謝しております。
腎臓細胞が壊れて血液中に現れるLDHの値も1986年頃までは、400~490でした。1987年からは500~になりました。1988年は555~ ;1989年7月までは632~ この様に年を追う毎に値は上がって、体の調子も悪く、腰、脇腹などの痛みもひどくなりました。
気功施術と平行して始めた通慧功も、何やかやと雑事に追われ不勉強でしたが、「誰でも真面目に努力すれば必ず進歩します」という于先生のお話を信じ、朝な夕な練功を積み重ねました。
気功施術と練功の積み重ねの効果が徐々に現れ初め、LDHの値も9月は548;11月は505;12月は497となだらかな下降線を辿るようになりなりました。
難行苦行だった通慧功も楽しくなり、私としては何とかして気功によって真の自分に出会うことが許されて、宇宙の中で生かされている己の貴さを知りたいと思います。そして同時にすべての人、物の貴さを弁えて接することの出来る人間になりたいと願っています。