2011年1月30日日曜日

【体験談】人生が楽しくなった例

『通慧』1991年4月号より
A.Nさん

燃えよ人生、いつでも最盛気で
 平成はや3年、時の流れは早く人間は年齢を重ねていく。最長記録の昭和をはさんで四代を生き、なお第1線で活躍する明治生まれは多い。私の先輩たちがそうで、各界の第一人者も天職を愛して老いをしらぬ。国際気功協会会長瀬戸山三男先生もその一人、明治は遠いと思わない。
 人間は生命力が尽きて現世を去るが、魂のエネルギーに活力あふれる限り衰えや病をはね返す。その魂をいかに燃やし続けられるかは個人の精神力、無心の修行しかない。
 人間は生きながらえて立派なのでなく、年齢と共に積み重ねた知識、得難い経験を生かして尊い。古人は「人生は朝露の如し」と言ったが、人生はそう短いものでも、はかないものでもない。心がけ次第で充実した人生も、悔いのない生涯も送れるはずだと思う。
 酒に親しみ、友と語り合って楽しい。読書やスポーツ、趣味もまた楽しい。仕事に天職を感じてこれも楽しい。楽しいことは数限りなくあって、楽しくない人生なら意味ないこと。
 明治と平成は対象的な世代だと思う。気骨の明治男と言われ、明治女性はシンの強さ野中に奥深い献身的な優しさを持っていた。“女は弱く、されど、母は強し”である。
 今の繁栄も戦争、戦後の厳しい時代を耐えて克服した明治人、それに育てられた次世代の強さが源泉になった。現代は男性が無気力になり、女性が本質のやさしさを欠く。子には甘いだけで、真の教育を見失った。そこに自分だけよければ、他人への迷惑は平気だでは道徳もすたれる。
 老齢化社会に進むのと、人手不足は矛盾する特徴になった。三十代、四十代は人生の登り坂であるが、五十代に入ると企業では停年が待ち受ける。第一線に立って生きがいを感じた年代から途端に、たそがれの人生を知らされる。
 男は仕事に生き、男の取り柄も仕事しかない。働き盛りの身に仕事を取り上げられたとき、第二の人生に乗り出すか、孫を相手の老後生活に満足するかだ。
 次の六十代、七十代もその延長線で、活力が燃え尽きていなければ人生の最盛期として活躍できる。
 人手不足は世界で日本だけ。繁栄経済に職場はいくらでもある。人材難には知識や経験を生かせる。五十代、六十代は余生が長過ぎるし、七十代、八十代も働けば老齢化社会は来ない。
 人生、八十歳まで、いや、百二十歳まで生きようと、天職としてのその人の役割りが完全に燃焼されなければ完成されないのだ。
 気功を修練していると、思いのほか人間に明日が見えてくる。これで人生が楽しくなった。もっと気功を重ねて高次元の気を得て本佛の心、宇宙の姿を見てみたいものだ。

2011年1月23日日曜日

【体験談】気功を体験して

『通慧』1991年1月号より
S.Kさん

気功を体験して(笑みを浮かべている)
 私が国際気功協会に来るようになったのは今年の3月からです。きっかけは、友達が持っていた「アズ」という雑誌に載っていた于先生の写真を見ているうち、「絶対に此処へ行こう!」と思ったからでした。
 来て見てびっくり。来る途中の場所が夢でみた場所と同じだったからです。予知夢というやつです。私の場合、社会的大事故の予知と言うような大それた物でなく、自分が通る空間を見るのです。これが始まったのはだいたい高校生位の時だったでしようか。最初は翌日の出来事をたまに見る程度でした。それが、中国武術の形意拳、陳式太極拳を始めた頃には3ケ月ごとに、3ケ月先に通る空間が見えるようになったのです。
 武術を止めてから6年たちます。けれど一度、開発された能力は現存しているものなのですね。武術を習っていた頃から「気」という言葉は知っていました。ですが、私は気功とは自然治癒力を高める方法だから、武術とは異質の物だろうと考えていました。
 しかし、六合平秘功を行っているとき太極拳の動作中と同じように、手と手が勝手に離れていったり、吸い付くように引き合ったりする感覚を持った時には、入会案内書にある“潜在能力を開発する”と言うのも納得出来るような気がします。
 気功をしていると、体中がポカポカと暖かく、柔らかく、非常に心地よいです。ストレスを溜め込んだりすると、天目の穴や指先、足先から邪気が出てきたりします。そんな時、回数を増やしてみたりすると、やる毎に体が良い状態になるのが分かって面白いです。良い状態の時、私は口元が自然にほころんで来て笑みを浮かべているようです。他の人から見たら、きっと、とても幸福そうな顔に見えるに違いないと思ったりします。そういう状態になった時に目を開けると、見慣れているはずの世界が新鮮に見え、又、自分自身もみずみずしく生まれ変わったように思えるのが不思議です。

2011年1月16日日曜日

【体験談】低血圧の例

『通慧』1991年1月号より
F.Yさん

気功、これこそ内なる治癒力
 気功との出合、それは1989年3月30日、当時カレッジで学んでいた講座の中に「気の医学」と題した講座を受講したときであった。薬の副作用を心配することなく、病気を治す、あるいは健康の増進(心身一如)、そして潜在能力の開発など、すばらしい効果に興味を持ち、指導して下さる先生を捜していた。幸い知人から于先生を紹介して頂ける機会を得て1989年4月26日入会した。
 20歳前後の時の私の血圧は120~80と標準値であったが、30歳近い頃には最低が60以下となり低血圧症と診断され、今日まで続いている。昇圧因子が不足して低血圧となり、その原因の一つに内因性があることを知り、気功が身体内での各機能を動かす運動としてボーナス効果がでないものだろうか、と考えている。そして感性や忍耐など、更に養われるのではないかと思っている。薬によって保つ一時的は正常値は、すぐ元に戻り薬の副作用を考えて服用しないことにしている。これは自己予防と思っている。
 身体内からの治癒を、と考えているもう一つの理由は、1965年歯の化膿止めとして「スルフアジメトキシン」の中の「スルキシン」を服用し、10分後神経の末端が、かゆくなった後その部分が水痢となってしまった。そして残念なことに1973年再度この薬により同じ症状を繰り返してしまった。カルテには特異体質と記入された。以後私は薬診カードを作り、当時の皮膚科医、露木先生の指示と確認を得て「常に所持し緊急の時、あるいは今後いずれかの科で受診する際、最初にカードを提示するように」とご配慮あるご指導を受けた。
 1989年4月26日、1回目の于先生の気功施術を受けた。3歳の時2階の階段から落ちて頭を打ったが、そのところが4~6cm位、血液の循環が悪いことを指摘された。そして気功をする際の注意として六合平秘功の3番(啓関連慧)、6番(六合化一)、収功、と百会にくる時の手の位置は、高く離す様にして、上げるときはゆっくりと、下げる時は早くするように、と教えて頂いた。
 時折ではあるが血圧を測定し、ノートに記入していた。5月24日の場合、気功前83-55の値が気功後95-62に変わった。それぞれ12と7のプラスになっている。また6月17日の1回目の気功後は、93-61であったが、2回目の気功後(5時間後)には135-80になった。気功、これこそ内なる治癒力だと実感した。
 気功と共に漢方療法の公開講座を受講しているが、父方の曾祖父が漢方医であったことなど何か不思議な縁と思えてならない。「鶴髪童顔」こうありたいと思っている。

2011年1月14日金曜日

【体験談】不眠症や自律神経失調症の方に

『通慧』1991年1月号より
K.Oさん(33才)

 1990年春、私は初めて国際気功協会に行きました。その頃の私は、2年ほど前からの不眠、そしてもともとの鼻炎と春になると、花粉症などで自律神経失調症になっていました。
 最初のうちは気功施術を受けながら、入門コースを経て、築基コースをしていましたが、教室に行った時だけ、しっかりやって、家ではほとんどしていなかったので、成果がなかなかありませんでした。そんな時、6月1日~3日の新富士での合宿の話があり、私も参加することにしました。合宿参加が決まるといつまでも、他の人を見ながらやっていたのでは、はずかしい、また合宿での成果も上がらないと思ったので、とにかく毎晩するようにしました。結局この「毎日やる事」が大事だったのだとようやく解りました。それは、最初の頃はフラフラしたり、気持ちが悪くなったり、アクビや涙がたくさん出たりしましたが、続けているうちに合宿へ行く頃には、不眠は、全面的に解消し、スタミナもどんどん回復して、顔ツヤも良くなり、于先生も会う度に「明るくなった」と喜んでくださいました。
 合宿では、集中して気功と取り組む為、とても成果があったと思います。そしてふだんあまり顔を合わせることのない方々といっしょにできたのも、良い事でした。
 私の場合、不眠は解消しましたが数年間の不眠症だった頃の体のもつれや、歪みなどが、今ようやく消えてゆこうという段階です。物覚えも少し良くなったと思いますが、まだまだこれからだと思います。気功を通じて、もっともっといろいろな事が発見できると思います。これからもがんばります。

2011年1月13日木曜日

【体験談】ゴルフのレベル上達の例

『通慧』1991年1月号より
S.Yさん

私の気功体験
 早いもので、私が通慧功と出会ってより、もう一年余りになります。
最初は知的興味から入った気功が最近では、私の日常生活の大きなバックボーンに成長して来た様に感ずるこの頃です。
 昨年(1989年)5月、朝日新聞紙上で「気功の講座と体験」の催しがあることを知り、干先生のお話を拝聴したのが私と気功との出会いでした。私は元来身体は頑健な方で、病気とは縁が薄かったのですが、学生時代はスポーツの選手をやり、会社勤めになってからも、体力・気力の保持、増強には関心が深かったので、朝のランニングを20数年続けたり、座禅に通ったり、数年前は本で「借力法」なる呼吸鍛練法の独習を試みたり等々の体験から、「気」の鍛練、調整による気功健康法については、大変興味を引かれました。
 昨年6月末に、38年間の会社勤めを退職した機会に、7月から通慧功の教室に入門ざせていただきました。正直いって、当時毎週一回一時間の入門コースは、基礎動作の習得が主で物足りない感じがしましたが、参加者の中には既に“気感”を感ずる人もあり、びっくりしました。
 入門コースを終えましたが、私の場合、家での練功も少なかった為か、ほとんど気感を得ることがなく、9月より築基コースに進みました。築基コースでは、干先生から中医学の理論に基づいた動作、意識のご指導を受け、興味も湧いて、色々気功関係の図書を購入して読んだり、割合熱心に家での練功に励んだ所為か徐々に気感も出てまいりましたが、それでもそれ程目立った変化はありませんでした。 11月の指導員養成コースを経た頃から、入静や、小周天らしきものを時々実感し、心身の変化を感ずるようになり、毎日1~2回の練功も欠かさない様になりました。当時の心境を次の短歌にたくしたものです。
         「何時までも健やかたらんと始めたる
               気功の道よ 奥深きかな」(’8 9,11)
 お蔭様で昨年の冬は、ここ数年使用していた電気毛布も必要なくなり、朝目覚めると全身にじんじん温かい気血が巡る感じがする等、日毎に身体の変化を感じました。
 気功における調身、調心、調息の実践は心と身体をリラックスし、気血の循環を促進して、心身のバランスが取れた最も優れた生理状態になるといわれますが、私の最近のゴルフ体験も、その様な過程の例ではないかと思います。
 ゴルフはよく「メンタルなスポーツ」といわれ、技術もさることながら、その人、その時の心理状態が大きくスコアメーキングに影響します。私もゴルフを始めてから20数年になり、曽てのオフィシャルハンデは15でしたが、割合よいスコアーも出ていました。
 しかし、最近は年間数回しかコースに出ず、スコアーも92~1 0 0の間をふらつく事が多かったのですが、今年の4月、ず-っと練習もせずに4ケ月ぶりで兄弟ゴルフをやったところ、いつものショット前の力みもよくセーブ出来、パットも冷静で久しぶりにグロス87と80代のスコアーが出、特に後半のハーフ(9ホール)では、2ケのバーデー、ミサのパーと私としては最近にない内容のよい出来でした。練功の効果か、ショットやパットの前、大分、心のコントロールがうまくなったなあと実感した次第です。昨年以来、協会での教室や練功等に参加した際、色々な方の体験談をうかがうと、特に病気をもった方が、通慧功をやられてからの効果が顕著の様で、また不思議な気感を経験された方も多く、私の様な健康で、理屈っぼい男は、気感が少ないのかなあと思っていました。ところが、今年の5~6月頃から急に朝目覚めた時とか、練功中に、色々な形の快い気感を感ずる様になり、また日常生活に於いて、イライラやあせりがなくなり、心の安定、意念の集中が仕易)くなりました。
 最近、練功中特に感ずることは、「六合平秘通慧功」といわれる所以の、「六合化一」ということで、正に自分の存在は、天地宇宙の一部として、気で通じあっているのだなあと、感ぜられることです。
 干先生のいわれる「怠けないで、正確に通慧功の練習を続ければ、誰でも、必ず所期の目的である健康長寿、智力増強、潜在能力の開発等を計り、日常生活を愉快にすることが出来ます。」ということを実感しつつあります。
 私は還暦を2年過ぎ、その割りには元気なので、なんとか現在の健康状態を維持したいとの気持で通慧功をやっていたのですが、最近は練功により、心身共に毎日若返って行く感じで、色々な気感も深まり、来年の今頃はどう自分が変わって行くのか楽しみに思うようになりました。
 現在の日本の社会生活環境は、高齢化問題も含めて、心身のバランスを保つには不都合な面も多くなって来ており、我々の友人やまわりの人々の中にも、心身の不調を訴える人が多くなっていますが、「気功」こそ究極の健康法の一つとして、多くの人々に実践していただきたいものと願って居ります。

2011年1月10日月曜日

【体験談】能力開発の例

『通慧』1990年10月号より
Y.Kさん

私と気功・その神秘な世界
  「ええっ?あなたのような行動的な人が、一体どうしたの?」開口一番、私の友人は驚きました。ああ、そうだったわ。以前は、もっとずっと元気にバリバリ行動していたのだったわ。ところが友人の電話に出た私は、今にも病に倒れんばかりの虫の声でした。ちょっと出かけると、2~3日ぐったりして、ゴロゴロしてしまう程、身体がだるく疲労困憊して弱気になっていました。数年ほど前から、胃の調子が悪いと思っていたのが、病院で調べたところ、慢性膵炎と判り強力な薬で病院の数値は下がったものの、自覚症状としては一向に良くなりませんでした。
 前々から気功に興味を抱いていたのですが、友人からアズの本を借りたのがきっかけで、于先生と国際気功協会の事を知りました。たまたま気功を習い始めようと思い、アズの本を参考に数ある教室の中で迷わずこの素晴らしい于先生を真っ先に選んだというのも何か私の直感力が働いたのではないかと今にして思えてならないのです。友人達は口々に、あなたは絶対に感性が鋭いから気功に向いていると思うと言い、私も内心そんな気もしていました。しかし、この教室で于先生から直接、気を受けられる気功施術がある事を知り、即慢性膵炎や鼻の病気の副鼻膿腫を治すため気功施術を受ける事にしました。初めて気を戴いた日の帰り道の身体の軽い事には、びっくりしました。が、二、三日たつと段々又疲れる様になり又気を戴くと元気になり……という繰り返しでそのうちに疲れる日が無くなってきました。
 気功の練習に於ける進歩としては、一か月ほどたった頃、涌泉から気を持ち上げて尾閭骨と大推を通る時に、ズーンという感じが得られ、その後はズーンを通り越してブルブルツと身震いがする様にもなりました。
 ニケ月たった頃には、富士の裾野の合宿に参加しました。自然の中での練功は初めての体験で非常に気持ちがよく、練功中何かに手が引っ張られるような力を感じました。
 合宿二日目の朝、先生から気を受ける集団外気功の時の事です。目をつぶっていたのですが、瞼に水滴のようなものが動いて行くのが見えました。「あれ?」と思い、ふと目を開けて見ると、どうした事でしょう。私の目の前は、辺り一面白い濃霧が幅広くたっぷりと流れているのです。又、私の体から白い湯気のような物が出て、その幅広い霧の流れに合流しているかのように見えたのですが、先生に後でお聞きしましたところ、それは反対で私の体の中に入っているのだとの事でした。即ち霧と見えたのは、先生が出された気であり、その気が私の体の中に入ってくるのが見えたのでした。それはまるで別世界の出来事を見ている様な気持ちでした。今までは、先生が「何か見えますか?」とおっしやって気を出されていても、自信を持って見えたとは断言できず、湯気のような物がほんの少し見えた様な見えなかった様な…という気がする程度だったのですが、自分がこんなにハツキリと沢山の量の気が見える様になる事自体、信じ難い事でした。そしてその日の夜、「気とは一体何ですか?」という質問に対して、先生が結跏趺坐のポーズを取られ、「何が見えますか」と言われた時私はびっくりしました。先生の身体からは、放射状に何本もの白い線が、菩薩の後光の様に伸びているのです。そして更に又、「何が見えますか」と先生がおっしやると、先生の肩から腕の回りを幅10㎝位もあったでしょうか、黄色い光の様な物がぐるりと取り巻いているのが次第にハッキリとして現れてきました。まるで仏様の図のようでした。しかしある年配の方がそれを見て、「すごいが金だ。18金だ」とおっしやっている方がいました。その方には、私よりももっと、強く見える力があったのでしょう。


 私はこの二泊三日の合宿で、すっかり別人になってしまった様な感動を覚えました。その合宿から帰った頃から、練功中、自分の身体の中で気が動く感じが判る様になりました。
特に昇滑降濁をする時は、胃の部分が手の動きに合わせてすっきりと気持ち良くなります。
又、啓関通慧での百会注気をすると、まるで滝が落ちるように心臓めがけてド・ドドーッと勢い良く入ってくるのです。
 この次は、どんな変化が出て来るのか、どんな進歩があるのか、好奇心を持って気功を続けています。
 私はピアノを専門に勉強しているのですが、昔からバッハが大の苦手でした。バッハの場合は複旋律なのでちよっと特殊なのです。ところが気功を始めてから、なぜか意欲的にバッハに取り組みたくなり、その練習が昔の様に苦ではなくなり、どんどん進むのです。気功が知力増進に結びつくのは本当だなとつくづく感じました。
 この様にして、私は日に日に元気になり、あまりの調子の良さについ節制を忘れ、昔の様に、忙しくあちらこちらへと飛び回っていたところ、過労からか鼻の病気の副鼻膿腫の状態が悪くなり、頬が風船の様にみるみる腫れ、その激痛に涙が出る程苦しむ時がありました。さっそく病院で抗生剤と消炎剤を戴き飲み始めました。すぐに于先生からも遠隔気功で気を沢山送って戴きました。気功を始める前に同じ状態になった事がありましたが、その時は、一週間薬を飲み続けてもこの激痛の状態が続いていたのですが、今回は竺日ほどで薬の効き目が出て激痛も治まって来ました。遠隔気功で気を送られた時、合宿中のあの強烈な印象を思い出し、目をあけて気が見えないだろうかとじっと見てみました。不思議な事に今度は、私の目の位置から70~80cm位離れた辺りから見えるのですが、モヤモヤーッとした薄い湯気の様な物と一緒に(合宿の時よりずっと少ないのですが)無数の雨を微細にした様な物がツツーッ、ツツーッと超スピードで降りて来るではありませんか。そしてそれも波があって、沢山ハッキリ見えた時には身体に達した頃にはやはり強くズズーンと入って来る感覚がします。こんな離れていても、こんなにハッキリ気が見え、私の身体に入ってくる不思議…一体気ってどこまで不思議なのでしょう。
 私は常日頃、不思議に思っている事があるのですが、友人等に気の話をしたり、于先生の話をしたり、気功の事を思い出したりすると必ず、その直後に身体に気が流れ始めるのです。その度に「あっ又流れた」と思うのですがこれは一体何なのでしょうか。先生に一度お聞きしようと思いつつ、つい聞きそびれてしまっているのですが…。

2011年1月8日土曜日

【体験談】 潜在能力の開発例

『通慧』1990年7月号より
N.Mさん

気功を体験して
 于先生と出会い、気功を始めてからほぼ半年が経った。体験教室へ参加し、先生の動作を間近に見ていた時に、先生の指先と指先が離れる瞬間、とても奇麗な薄紫色の光りがまるで蜘蛛の糸のように尾を引いたのが見えた。あの奇麗な光りを放つことの出来る先生に是非、指導して戴きたいと思ったのがきっかけです。
 訓練を受けているうちに、自分が自分の身体の中に居て自分の身体の内部を観ていることが多くなった。そのうち頭頂の百会がいつも「ここに居るヨ」と語りかけてくる強い感じがあり内側から外へと突き上げてくるのに悩まされ、先生に「意識をしてはいけない」と言われても私でない私が知らないうちに意識しているのだった。今は大分慣れて頭頂の感覚はあるがこだわらずにいることが出来るようになっている。時折、自分の身体の中が真っ白い霧に包まれたようになる。また站椿功に入っている時に自分の腕が無くなってしまう時がある。そういう時は金銀茜の大輪の朝顔が見える。もっと見ていたいと思うと消えてしまう。六合平秘通慧功の動作をしている時にはごく稀にえもいわれぬ良い香りがしてくることがある。香水とか外からは入ってくる臭いではない。スーツと薫るとそれっきり嗅ぐことが出来ない。もっと見たい、嗅ぎたいと意識すると消えてしまうのだ。大地震ではないかと思う程、体が揺れたり、飛び上がったりする感じも味わっている。これからもいろいろな体験をすることと思うが、人間の体が一つの小宇宙であるという事をもっと強く感じじたいし、神様がせっかく授けて下さった未知の能力の一つ一つを感じとる努力をすることが、人間としての使命ではないかと思っている。