2013年6月6日木曜日

【体験談】 不整脈、不眠症の例

『通慧』1992年1月号より
K.Fさん

通慧功に出会って

「通慧功」を始めてから7箇月が過ぎました。が、もう何年も続けているような感慨を持つくらいに、多くのものが日常の生活の上にもたらされ、心から感謝せずにはいられません。
今年(91年)の3月末に、渋谷の書店で「潜在能力開発気功」の本を手に取りました。
その頃の私はライフワーク(死生学)のひとつのステップとして、東洋医学を学び始めたところでしたが、気功については無知に等しく、千永昌先生のお名前も、丁度ある医学会から郵送されてきた紙面で知ったばかりでした。
「站とう功」が一番簡単そうなので、手順に従って家の中でやってみました。まもなく両手の間に空気の球のようなものが生じて、それが掌に吸い付いてくるのです。とても驚きました。驚きながらも、これが気というものかも知れないと直感し、もしかすると于先生は、今自分が出会うべき師に違いないという確信を抱きました。何としても国際気功協会の住所を調べて入門しようと、高揚した思いの中で決意いたしました。(意外にも協会は自宅の近所にありました)
さっそく4月から入門コースに通わせていただくことになり、小さな発見や変化に一喜一憂しながらも「気の世界」に夢中になってゆきました。
初めは練功の度に胸が重苦しくなったものです。ここ2年程、度々不整脈が起きていためと思い当たりましたが、「六合平秘功」を続けていくうちに、いつのまにか重苦しさは消えてしまいました。その後、不整脈はまったく起こりません。規則正しい排泄になったことや不眠症に悩まなくなったことも嬉しい成果です。また、練功中、体内の経絡に沿ってパチパチと、まるで電流が通るように気が流れることもありました。体から送られてくる信号は、みごとに正直で精妙なものだと実感いたしました。
そうした6月のある日、医学会の講師としておいでになられた于先生に、ひどく気になっていることを思い切って質問してみました。
「あの、站とう功の時に、呼吸と一緒に手掌から何かが出たり入ったりするのですが・・・」
先生は私の手をじっとごらんになってから、「心配することはありません。労宮が開きかけています。経穴(ツボ)呼吸のひとつです」
いつもの笑顔でそのように答えて下さいました。
聞き慣れない“経穴呼吸"は、後の私に大きな意味をもたらすことになるのですが、その時は異常な現象ではないことを確認出来たので、ただ胸を撫でおろしました。
八月の合宿へ参加したことは有意義でした。日に一度ならず二度も三度も真面目に練功を続けていらっしゃる方々にお会いして、週一回、教室の練功だけで良しとしている自分が本当に耳きずかしくなりました。発奮させられ、その反省のせいかも知れませんが、帰京後は経穴呼吸が一層強くなり、手掌だけでなく、丹田や指先でも感じられるようになりました。
そして最近、その経穴呼吸を通していくつかの体験をいたしました。そのひとつは、縁あってこの6年ほど毎日訪問している独り暮らしの老人(87歳ですが、普段はかくしゃくとしていて年齢を感じさせてない方です)が、前夜来から嘔吐と下痢の繰り返しで、傍目にも辛そうでぐったりしていました。私はわらにもすがる気持ちで、その方に向かって自分の手掌から気を注入したのでした。なんとその方は夕方には普通食を取り、翌朝には2時間の散歩をするまでにお元気になりました。
ただ、そのような状況で行為に及んだとはいえ、私は内気が向上進歩していないにもかかわらず、外気を出してしまったことについて、于先生の御指導に背いたのではないかと気掛りでもありました。常日頃から先生は、私たち誰もが正しく進歩していくことを特に気にかけていらっしゃいます。お叱りを覚悟してこの機会に書きました。
しかし、何よりも増して、自分が気功に出会った悦びは、もっと別のところにあるような気がいたします。適切に書き表せませんが、気の世界に包まれた時の、ふいに体内のどこからか押し寄せてくる波、聖なる誰かに愛されているような、あるいは何者かを私も愛しているような、あの至福感です。
いまだ、期待と不安がない混ぜの段階ではありますが、どうかこれからも協会の皆様とともに、于先生の下で健康で楽しく気功が続けられますように願ってや止ません。
感謝。