F.Kさん
通慧功が私を呼んでいる
午前十一時頃になると檀中のあたりがふわっとしてくるのです。そして夕方五時頃になるとやはり檀中のあたりがふわっとしてくるのです。そしてとても心地よく、しあわせな気分になれるのです。ああ……通慧功が私を呼んでいる…って思うのです。練功なさい。
修業なさいって声なき神の声がきこえてくるのです。こんな気分になったのは、H3年11月の気功旅行ではじめて于先生の集団気功施術を受けてからのようです。
4月に開講した集中コースに入門し、9月迄は月一度の集中講座、そしてその間、5月から月2度、三島支部通いをしました。6才を頭に4才1才の3児を抱えて練功の時間をみつけ出すのは至難のワザでした。9月頃まではサボってばかり、講座がある前日とか翌日に、手順をまちがえないように、忘れないようにあわてて練功するというのが常でした。
その私が180度意識を転換したのは協会誌七月号に掲載された佐藤先生の投稿の中に出てくる于先生のおことば「站とう功を20分するのと30分以上するのとでは全然違いますよ。」でした。そして時を同じくしてある雑誌で、武術の鍛練に、はじめはひたすら站とう功をするのみ、突きやケリは後からついてくるという文につきあたりました。これづきゃない、やるっきゃないと思い一大決心をしたのです。9月9日、一日一時間の站とう功を100日続けようと思いたち、それを当面の目標としました。
練功の時間捻出に苦心しました。午前3時~5時のゴールデンタイム。起きれない。でも何度か挑戦しました。午前5時~7時セカンドゴールデンタイム。朝食の支度と重なるからちょっぴり無理、でも六節動功だけならOK。という訳で子供達が目覚める前の時間を利用して、六節動功約一時間、站とう功を一時間の約二時間やりました。途中で子供が起きてしまい中断したり睡魔に負けることもしばしば…。朝できなかった時は昼、上の二人が幼稚園に行っている間、下の児が11時ころから昼寝をするのでその間、姑粧功をしました。連日の練功は大願目でしたが無理をせず気長にとなぐさめながら細々と続けました。
夜は殆どできませんでした。
ある時、夜中に靖粧功をしていたら、突然大きな眼が現われおどろいて中断しました。
“大きな眼"について于先生におたずねすると天目が開きかけているのでしょう。偏差ではありませんので恐れることはありません。又時間帯を心配(うしみつどき等)する必要もありません。続けて結構ですよとおっしゃって下さいました。が、それ以来夜の練功、站とう功は中止しました。というより夜は眠くてとてもおきていられないというのが実状です。
そんな訳でわずかの期間でも習慣にしてしまうと体の方が覚えてしまうようです。いえもしかしたら気血の流れが活発になり、原始細胞が目覚め始めたと表現するのが適切かもしれません。
気の感覚は様々に現われましたが、諸先輩のそれと比べると、とるに足らない微細なことばかりでしたが、前述の“眼"のことと特筆すべきことがもう一つあります。
靴下に穴があいていた!のです。協会誌10月号の先輩の記事を読んでしばらくたってから気がつきました。9月26日。あれ!そういえば私のくつ下にも穴があいていたみたい。
捜してみるとあるある、何と4枚もありました。站とう功一時間、百日行を始めてから18日目でした。何日に穴があいたのかまるで記憶がありませんでした。それに捨てもせずどうしてとっておいたのか自分でも不思議でした。この穴は一体何を意味するのか?急に気になりました。後日、于先生にくつ下4枚を見ていただきました。
「これは湧泉のツボが開いたために生じた穴ですよ。」とニコニコしながらおっしゃいました。
「邪気が出た為に開いたのですか?」
「邪気も出たし、宇宙の精気も入ってきました。これで二人日ですね。」
こういった気感は嬉しい出来ごとだし気功を実践していく上で一つのステップかもしれません。しかし、それにとらわれることなく穏やかに対処してゆきたいと思います。病気もなく大そう健康な私にとつて気功をする目的は、三人の児の母親として、そして大いなる宇宙の一員として永く健康を保ち、そして又多くの方々とこの健康としあわせをかわち合うことです。
気功することによつて、人生の中で生じる様々な問題にも恐れることなく、穏やかに、平静さの中で対処する力が培われるものと信じます。
三島支部の大島先生は、気功って楽しいでしょう。とよくおっしゃいます。あのふわっとした感じが、一日中続いたらどんなにか素晴らしいことでしょう。毎日練功して、少しづつ気をたくわえてゆけば、きっとあのふわふわした感じが長く続く事でしょう。そうしたら気功は心から楽しいと思えるでしょう。ささやかで、そして大いなる喜びを目ざして今日も頑張ります。