針灸師 M.Sさん(33才)
通慧功から導びかれるもの
-練功して視力も回復-
通慧功と出合い一年になります。今でも、初めてその宗主(創始者)である于永昌先生の気感に触れた時のことは忘れられません。私は3年前、針灸めセミナーを受けに中国へ渡りました。その折、北京中医学院附属病院の気功科を訪ねた時のことです。
ニコニコとした御年配の方が通院に見えられ、気功師の治療を受けました。後で説明を聞くと癌の末期の患者さんでした。その方は始終にこやかに話され、治療とともに自分も練功をしていると語りました。私のおばも癌だったのですが、病院のおばの姿を思うと、通院に来られているその方の生気に満ちた姿は、信じられないものでした。
希望とは、このことを言うのでしょうか。私も、末期癌の方の治療を3名した経騒があります。痛みは軽減してゆきましたが、病院のベッドから離れることはできませんでした。
このことは、中国に行く前のことでした。ですから、中国のあの患者さんの姿はその時、深いところで、いのちあるものの生き方を指し示しめし、私の胸に刻まれたようですら そして、去年、于先生との出合いがありました。胸の奥に潜んでいたものが、しっかりと結び合わさりました。それまでは、知識でしかなかった気というものが、自分のからだが“YES”とわかり始たのです。教室に参加して、からだのしんで今まで潜んでいた様々な力が動き始めました。そして、現われだしました。それは、子供の頃、紙に描いた夢の絵のように、現実として私を楽しませ支えてくれます。
最近、植物がとても好きになり、言葉でなく話せるように感じだしたことも楽しいことの一つです。また、治療の面では、剌針時の針感に温かさが加わったり、刺針後、患者さんのからだが温まる傾向が増えてきました。
自分のからだについて、最近、うれしいことがありました。この間、自動車免許証の書き換えで、視力の検査を受けました。すると視力が上がっていたのです。 0.2以下で眼鏡使用が免許の条件だったのですが、検査では0.6と診断され、検査係りの方が、もう一度別の検査表を使い再診されました。その結果原付及び小特車は眼鏡なしでよいとされました。(成人の高度近眼の視力調整の方法について現在の眼科医学界では眼鏡以外の有効な方法はないといわれている)
このころから、時々、涙のようなものが眼を潤おすように流れることが起こり始めました。感情に左右されずにそれは流れます。その後は、今までぼやけていた祖先の物や字が、くっきりと澄んでみえます。通慧功の練功中、労宮を眼に向かい合わせると春の太陽の様な暖たかさを感じたり、北海道の夜空のような星に囲まれました。
中医学は、体内のすべての正常な水波の総称を“津波“と言い、津波の生成やその流れを気と密接な関係にあるととられます。今まで概念であったものが自分のからだを通してわかり始めました。
また、中医学は、「眼は五臓の精華」により力が発揮されると考えますが、通慧功を通して、からだが養われ、その成果が眼に反映したのだと思います。今まで、あきらめていた眼の力が蘇えったことを、私に教えてくれます。あきらめずに行うことを。いのちの力をていねいに育くめば、やさしく深くこたえてくれることも……。
今、指導員コースに参加していますが、ある時、于先生が、站椿功を20分するのと30分以上するのでは、はっきりと効果が違うとおっしゃられていました。それまでは、六節動功の後に站椿功を少し行う位でしたが、それを聞いてから、一日のうちに六節動功とは別に站椿功を30分以上するようにしました。
そうこうして何日か後に練功中、大権から頭へ向かう感覚があり、頭がボワーッとしてここちよさにからだが包まれました。その後何日かして、中宮納気を行っている時、臍かジンジンとしてきて、下丹田に掌を降ろしてゆく時に臍中から下丹田にかけて、降ろしてゆく手のスピードと同じ速さで、小さな丸い玉がコロコロと廻り腹部に収まりました。それは繰り返し現われました。于先生は、小周天の完成までもうすぐですと励ましてくれましたが、毎日の練功の大切さとなかなかつかみにくい内気の成長にとって、三心(信心、誠心、恒心)と良き指導者の大切さを思い知りました。
通慧功といういのち育ては、ヒトだけではないいのちの連なりに導いて宇宙を深化させていく温たかな掌だと思います。そんな掌を重ね合わせ、宇宙を育てていけば、今まで、人間が求めている愛の世界を華開かせることになると、深く静かに思います。
-月刊「気マガジン」誌 6月号より転載-